成道会に

成道会に

正午から成道会の法要でした。法要のあとは法話(説教)があります。まだ30代前半の若い布教師ですが、低めの安定感ある声で、とても落ち着きがありました。私の声は甲高いし、ぎこちないし、話し方を少し反省しました。

職員から小道具の追加製作の依頼されました。作り漏れていたものと、長さの調整が必要なものがあるということでした。どちらも簡単な内容なので、すぐにとりかかります。間に合わないときは、別のもので代用してもらいます。

とても親しい友人が闘病中なのですが、6時半ごろそのお母さんから危篤の知らせがあり、すぐさま病院に飛んで行きました。つい先日まで、元気にしていて、病人とは思えないほどで、本人もそう言っていたくらいでした。でも、病床の友人はその当時の姿を留めていませんでした。たった1、2ヶ月のことです。声は聞こえているようですが、おそらく目は見えていないようです。周りの友人は少しでもと話しかけています。でも私は名乗ったばかりで、そのあとはじっと友人を見つめることしかできませんでした。動揺しているのか、ただの薄情なのか…。父の時もそうでした。結局何も話しかけることが出来ませんでした。いま正に生死の境にいる人に、どんな気持ちでいたらいいのか、わからない自分がいました。悲しみも、涙もありません。祈りすらも。帰宅して、平然といる自分。やはり薄情なのか。でも、ずっと友人のことを思っています。